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「何かさ,CO2削減って世間で騒いでるみたいだけどさ」
「あー,言ってるねぇ,随分前からいってるよな」
「アレ,俺聞いた途端に閃いちゃったから」
「何がよ」
「解決策。要は何,柔軟な発想がこういう問題とか解決すんのよ,意外と」
「意外ではないけど。難しい問題のどこが難しいか分からないバカって、よくそういう事言うよね」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「聞かなくても大体分かる気がするけど、ま、聞いてやるから言ってみ、どうすんの?CO2減らすのに」
「ほらもう、フッ、これだ」
「何だよ」
「そうやって、賢ぶってる奴がね、既にもう頭が固いんだよ」
「何がだよ」
「今、CO2減らすって言ったよね」
「おう」
「CO2って、要は二酸化炭素だろ?学校で習ったけど、もともと空気に含まれるものだろ?」
「ああ、そうだよ」
「だから、CO2が増えてるってのは、割合として増えるのが問題ってイミだろ?」
「うんうん、そうだ」
「だからさ、CO2を無理に減らすんじゃなくて、CO2を出したらその分他の成分も出せばいいんだよ」
「…あー」
「凄くない?この発想」
「まー、凄いちゃあ凄いけど。お前、CO2の空気の中での割合って何%位か知ってる?」
「ん?えー、50%くらい?」
「0.03%とか、そんなんよ」
「ふーん」
「ふーんって。てーことはよ?1gのCO2を薄めるのに、3000gの窒素や酸素が要るんだよ。大体どうやって窒素や酸素作り出すの?」
「そりゃ…電気分解かなんかで」
「電気使ったらむしろCO2増えるでしょ」
「あー、じゃあさ…逆にね、…CO2減らせばいいんじゃん?」
「それを言ってんだよね、皆、最初から」
「あーそう、もう既に言ってんの、けっこうアレだね、俺の考えるより事態は進んでたね…」
「…」
「で、何、皆どうやってCO2減らしてんの?」
「まー、基本木を植えたり、緑を増やして吸収させるってコトだね」
「バイオかぁー」
「…」
「でもそれじゃあ時間かかるだろ」
「まあ、そうなんだよね。結局そこが問題なわけよ」
「もっとこうさ、化学反応か何かで減らせばよくね?」
「化学反応?」
「ほら、酸素と水素で水みたいな」
「…学校で習ったの思い出してみろよ、何かと何かでCO2が発生する反応は幾つもあるけど、CO2と何かで別のものになるって反応あったか?」
「あるんじゃねえか?」
「ないよ」
「いや、絶対あるって、もっとよく考えろよ」
「何で俺が考えることになってんだよ。…ああ、まあ、一個だけあるか」
「ソレだよ」
「ソレってお前、
CO2+H2O→H2CO3
だよ?」
「ソレでいいじゃん、何がモンダイなの?」
「コレ、二酸化炭素が水に溶けて炭酸になるってコトだよ」
「ソレ!盲点!」
「じゃねえよ!要は炭酸飲料作るってだけだろうが。泡になって出て来たら元のCO2だよ」
「出る前に飲みゃあいいんだよ」
「飲んだって胃の中でCO2に戻ってゲップになって出てくるだけだろうが」
「ガマンしろよそんくらい!」
「…」
「…」
「まあ、いい」
「何だよ」
「感動した。柔軟な発想ってやっぱ、大切だなって思ったよ」
「おお、わかった?そういうことなんだよ」
「皆にお前のそのすごいCO2削減案教えてやるよ。」
「おう」
「『いっぱい炭酸飲料作って、飲んで、げっぷをガマンする』でいいんだよな?」
「やっぱ…言わんでいいわ」
女性の平手打ち、いわゆるビンタは、愛情表現である。
何度もそういう形で俺の愛に応える女性を見てきた俺は、一発二発叩かれたからと言ってボーヤ達のように「キラワレた!拒絶された!」と思ったりはしない。
が、バッグによる攻撃には愛が無い。俺は一瞬傷ついた。
しかし、両手をしっかりと胸の前で組み、怯えた目で俺を見つめる女性の指を見たとき、俺の誤解は解けた。
彼女の指はゴテゴテの付け爪と指輪で非常に危険な状態になっていたのだ。
おそらく彼女は、その身に取り憑いた魔物に操られ俺に打ちかかりながらも、最後の最後に俺をその鋭い爪で傷つけるのを恐れて、バッグでの攻撃に切り替えたのだ。
俺は、魔物にその身を蝕まれながらも俺を気遣う彼女に感動した。
と、顎の先に何か濡れたような感触がある。
触ってみると、左頬がざっくりと切れ、血がたらたらと流れ出ている。
どうやらバッグの金具で切ったらしい。
まあいい、結果はどうあれ、彼女は俺を守ろうと努力したのだ。
彼女が悲しまぬよう、俺は傷など全く気にしていないという素振りで、顔の下半分を血に染めたままにっこりと笑った。
「ありがとう」
一歩踏み出すと、彼女は再び「ギャー!!!」と異様な声を発しながら、獣のように逃げ去った。
それは、人ならぬ何かが憑かねばかなわぬ素早さであった。
魔に憑かれ、あらがいつつも喰われ続ける人間は多い。
いつか君を助け出してみせる。
俺は、彼女の去った路地の奥を、いつまでもいつまでも見つめ続けた。
了
彼女は帰宅途中だったのか、次第に人気の少ない、寂しい通りに向かっていった。
魔物が現れるとしたら、こういう場所だ。
俺は歩調を速め、間合いを詰めた。
どうやら女性はそれを誤解したらしい、後ろを気にする様子で、こちらも足を速めた。
「これじゃあ、変質者と誤解されてしまう…」
思ったとき、俺はもう一つの可能性に気が付いた。
彼女は、単に薄い生地のスカートを穿いて下着が透けているだけの女性かもしれない!
しかし、俺は考えた。
日本人は、『気を遣う』事を美徳とする民族で、例え真実であってもそれが相手を傷つける事であれば、「言わぬが仏」とか「知らぬが花」とか、いや、逆だったか、とにかくそうした態度を決め込みたがる。
しかし、果たしてそれが本当に相手を思う態度であろうか?
「チャックが開いていますよ」「カツラがずれてますよ」が言えない社会が、「ここ禁煙ですよ」「イジメは駄目だよ」の言えない大人を生み出してるのではないか。
その延長上に「人を殺しちゃ駄目だよ」が判らない子供たちが居るのではないか、と俺は思うのだ。
「パンツ、透けてますよ」の一言が言える、勇気ある大人でありたいと、俺は思うのだ。
今や競歩大会の様相を呈してきた夕暮れの路地裏で、俺は彼女に追いつくや、肩に手を置いて言った。
「あのー、へへへ。パ、パンツ、透けてますよ」
しまった。緊張しすぎで半笑い&どもってしまった。
「キャーーー!」
異音を発しながら、振り向きざまに彼女はバッグで俺をぶった。
みんなは、存在感の無い人のことを「影が薄い」とか言うよね。
あれはまあ、単なる言い回しだけど、実際、霊的に弱っていると人間希薄になることがある。
たまに心霊写真なんかで、死ぬ3日前に写真を撮られた人の姿が、半ば透き通って背景が透けていた、なんてことがあるだろう?
普通の人は肉眼でそんな風に見えるわけじゃなく、霊的なものが写りやすい写真にだけ現れるわけなんだけど(余談だけど、デジカメ時代になって心霊写真が減るかと思ったら、そうでもないよね。やっぱり、霊感は人間より機械のほうが強いって言う定説は確かなようだ。)、俺は仕事柄、よくそういうものが見えた。
その日も、俺は悪い霊を捜して街をぶらぶらしていた。
突然、風景の中の何かが俺の注意を惹いた。
頭の上に髪の毛を高く積み上げてる女だ。
その女の後姿に、俺は異様なものを感じた。
白いスカートから、パンツが透けていたのだ。
俺は即座に女の後を追った。
人間の姿が透けて見える場合、考えられるケースは2つある。
一つは、単にそいつの死期が迫っている場合。
霊感の強い人間は、知らず自らの死期を予感し、魂が先走って遊離を始めてしまう。それが、俺のように感覚の鋭い人間には見えることがあるのだ。
もう一つは、強い霊がついている場合。
物質存在に対する霊的存在の割合が多くなると、物質は半透明に見える。勿論、見る側に鋭い感覚があれば、だが。
この場合も、長くその状態が続けば、取り憑かれた人間は霊界に連れ込まれてしまう。
いずれにしても、彼女を放って置くわけには行かなかった。
この板かなりすきなんだけどもっと書いてよ!!!
産科医の報酬引き上げ、小児医療の無料化を行うべきです。
…医療関係者
年金、保険は全額税金で賄うようにし、国籍取得を容易にして流入人口を増やし、そこからの税収で国を支えればいい。
…風俗店経営者
健康サポートソフトや家計簿ソフトなど、大人向けラインナップを充実させて、新たな市場を開拓することで少子化社会に対応します。
…ゲーム機器メーカー
老人介護商品に主力を移行しています。
…紙おむつメーカー
機能性食品及び「なつかし」商品で大人のニーズを掘り起こします。
…菓子メーカー
2次ヲタなので大丈夫です。
…ロリコン某
「貴社では何か、温暖化対策をしていらっしゃいますか?」
「そうですねぇ…、早めにエアコンをつけてます」
暑くなって来た所為だろう。
最近とみに頭が悪い。
温暖化の影響もあるかもしれない。
これはもう、地球規模の人災といって過言でないかも知れない。
文章が書けない。
考えがまとまらない。
会社でも仕事が難しい局面に差し掛かったりすると、
「俺は、ビッグシールド・ガードナーを守備表示で召喚して、ターンエンドだ!」
とか、とりあえずライフポイントを守るその場しのぎの考えしか浮かばなくなる。
ニコ動で遊戯王DMを見まくったせいもあるかも知れない。
とにかく、こんなことでは仕事もままならない。
只でさえ慣れないVBでのインターフェース設計ばっかりやらされて苦しんでるのに…。
しかし、どんなに絶望的な局面でも、決して諦めないのが真のデュエリストだ!
俺はこの一枚に全てをかける!
ドロー!
会社のPCを新しいものに換えた。
で、壁紙探しをした。
プログラマ(特に制御系)の中には、壁紙を表示するとメモリを食うとか負荷がかかるとか言ってくすんだ青色のデスクトップで作業したがる屋からも未だに居るが、何時の時代の感覚だよ(笑)。
僕は気に入った壁紙が無いと作業が出来ない。
やっとディスプレイの解像度も上がった事だし、是非とも新しいPCに換わった幸福を実感させてくれる素晴らしい壁紙を手に入れなければならない。
色々探したよ。
3DCG、生物写真、フラクタル系、映画系。
で、映画「300」の壁紙にいいのがあったら良いな、と思い物色していたのだが、どれもイマイチ。
何故かと考えた。
あんなに迫力あって痺れる映画だったのに、どうしてスパルタ兵たちの雄姿を写した壁紙に何か物足りなさを感じてしまうのか。
さっき分かった。
洗い物をしてるときに突然分かった。
僕が痺れたのは、地を埋め尽くすように群れて迫り来るペルシャの軍勢の映像だったんだ。
地響きとともに、自信満々で僕らを殺しに来る無数の敵の姿だったんだ。
あの映画の最大の快感は、圧倒的な勢力を前に、心の内で自らの死を決意して、その上で「ただでは死なねぇ、お前ら皆道連れにしてやる」と、筋肉少女帯の「221B戦争」「タチムカウ」のような究極の「キレ」状態になるスパルタ兵にシンクロして、心のリミッターを解除する瞬間にある。
その思いを最も掻き立てるのは、頼りがいのある強靭なスパルタ兵ではなくて、圧倒的なペルシャ兵の群れの映像だったんだ。
ねえかなぁ、ペルシャ軍壁紙。
週に一度の、社内清掃の時間のことである。
いつもの如く「業者雇えよなぁ」等とこぼしながらだらだら作業をする僕に、部長が言った。
「掃除もできんやつにプログラミングはできんぞ」
美味しい発言である。
早速そこここから改訂版の提案があった。
「そうだ。掃除もできんやつに管理職はできんぞ」
「むしろ、掃除もできん管理職はプログラミングもできんぞ」
「喧嘩も出来ん奴にはホントの友情なんか築けんぞ」
「『ホントの』を入れて反論を封じるところが姑息でいいな、それ」
「喧嘩もできんやつに掃除が出来るか」
「どいたどいたー!喧嘩祭りじゃー!」
だんだん勢いだけになってきた。
「掃除もできんやつに女の子の気持ちなんて分かる訳ないのよッ!」
「掃除もできないやつにあの場面でスクイズが決められるか?」
「肺呼吸もできんやつに陸上生活はできんぞ!」
本来は、地味で辛い作業の次に高度な要求を持ってこなくてはならないのだ。
それでこそ、「慢心をいさめる感」がかもし出される。
「ドキュメント作りが出来ん奴に、プログラミングはできんぞ」
正論すぎる。
「論理演算のできんやつにマイクロソフトは倒せんぞ」
こんな感じ?
「掃除もできんやつに、マイクロソフトは倒せんぞ!」
うお!なんか掃除する気が湧いてきた!
ほっとした様子で表情の緩んだ彼の手から、僕はノートを取り返した。
「まずは大々的に発表しないで、僕のよく書き込むBBSに上げてみよう」
「ありがとう、いいんだ、どこでも。ただ、僕と言う人間が密かに悪と戦って来た事を、この世に残して置きたかっただけだから」
これから死ぬ積もりかと思える発言だったが、変に聞き返して余計な相談を受けるのも嫌だったので、そこには触れずにおいた。
「じゃあ、この題名もわかりにくいから変えていいかな?
下に書いてあるこの『封霊探偵』てのが格好いいから、封霊探偵佐藤政義で…。うーん、佐藤か…。
なんかさ、秘密組織だったら、コードネームとか無いの?ホワイトファングとか、イーグルとか、新宿鮫とか」
「ああ、僕らの組織は、全員同じコードネームなんだ。高橋って言う」
「全員同じならコードネームの意味無いじゃないか。どうやって区別するんだよ?」
「名前が違うんだ。僕はエースだったから『高橋一郎』だった」
「あー、2番目に使える奴は『高橋二郎』だったんだ」
「いや、2番目は女子だったから『高橋不二子』」
「あ、そう」
いいオッサンが「女子」とか言うなよ、と思いつつ僕はノートを自分の鞄に入れた。
「じゃあ、題名は『封霊探偵タカハシ』でいいな?」
「うん」
と言う訳で、僕はここにその手記を発表していくことになった。
内容は彼の書いたまま(と、僕の想像するもの)だが、文章は僕が好きに変えさせてもらう。
事実に反する表現が含まれていても、それは佐藤のせいなので悪しからず。
それでは、佐藤政義(本名)(37才)原作、杓子脚色、『封霊探偵タカハシ』の始まり始まり〜
『銀行には霊が多いことは周知の事実だが、決して郵便局も侮れない。郵便局は民営化し、ゆうちょ銀行と郵便局になったわけだが、ゆうちょ銀行の方がとりわけて特に霊が多い。
私は定期預金を崩したいんですがと言った訳だが、霊の憑いている女は、通帳をお持ちで無いとちょっとお手続きでき兼ねますと言った。
私は別にその定期が無くても当然生活に困ることはないのだが、母が私名義でしていた定期預金を私が崩すことを拒む社会に腹が立った…』
そこまで読んだとき、僕の手からノートが奪われた。
「引き受けてくれるんですか?」
佐藤が聞く。
部外者には読ませない構えのようだった。
「何で僕に持ってきたの、その、手記を発表しようって話」
彼は、暫く何も言わずにただ口の周りをぴくぴくさせていたが、やがて
「僕の文章って、難解すぎてわからないとよく言われる訳です」
と、語り始めた。
「それで、会社で文章書くのが上手いと言われていた杓子さんに、普通の人が読みやすい文章に直してもらって、発表してもらおうと思った訳です」
「ああまあ、僕の文章はひらがな多いし、読みやすいよね。意味も通ってるし」
「ほんとは、一般人が知ってはいけないことですし、悪用されたら大変なことなんですけど、杓子さんは人柄も安心できると思って、見込んでのお願いです」
彼の、虚仮脅しの四字熟語や聞き齧りの言い回しを散りばめた、回りくどくて唐突で文法的に正しくない文章を果たして平易で簡潔なものに変換できるか?
また、それ以前に本当に彼の書いたものに意味や筋道があるのか?
不安は大きかったが、先程読みかけた支離滅裂な文章の続きが知りたいと言う欲求に負けた。
「わかった。引き受けよう」
幸い彼は僕の言葉など耳に入っていないようだった。
「それでね、ご迷惑でなければ、僕の書いた手記をどこかに発表してもらいたい訳です」
「はあ?」
どこをどう考えればそんな面倒な事がご迷惑で無いかも知れないと思えるのだろう。
一瞬あっけにとられている間に、彼は鞄の中からノートを一冊取り出した。
「これが手記です」
彼の書く文章がどんなものか、僕は良く知っている。
少なくとも仕事上の文書では、非常に頼り無い日本語を書く男だった。
彼の書いた「手記」なるものを読んでみたいという好奇心に、僕は負けた。
ノートを開くと、
『内閣調査室付属(外郭団体)所属 心霊対策委員 佐藤 政義 手記』
と、ページの上に題名らしきものが大きく書いてある。
下に、『別名、封霊探偵』と小さく書き添えてあった。
「なにこれ」
「だ、題名」
「本名公表していいの」
「いいです。や、ま、まずいか。まずいでしょうか?どうしましょうか?」
「まあ、好きにすればいいですけど」
本文に目を通すと、
『近年の若者達は、非物質的なる存在や霊的存在を見落とし、ないがしろにし、強烈なしっぺ返しが待っている。
物質世界の欲望に感性の鈍りたる愚者には到底気付き得ぬ深遠がある。
私は、内閣府の依頼でいわゆる悪い霊と戦う仕事をしている訳だが、そこでも社会の歪みが作り出した現代社会の巨大なシステムの生み出した悪との戦いの毎日である。
この度私は、孤独な戦いの日々の赤裸々な報告をすることで、現代社会に警鐘を鳴らし、私の日々の戦いと苦悩、哀しみ、真実を見てきたものだけが味わう深い悲しみの全てを、誰かに分かち合いたいと思い、この手記を書こうと思います。』
「あのね、杓子さん。僕はあなたを信頼してるという訳ですよ」
かつて会社で毎日のように聞きながら聞き慣れるという事がなかった不明瞭な早口で彼は言った。
「僕はね、あの、社内の中ではいわゆる負け組グループ的なね、そういうラベルを貼られる会社員と思われがちなきらいがありがちですけどね、実のところ」
息を継ぐ間があって、
「僕の真の姿は、ある任務なんですよ、秘密任務。秘密なんですけどね、国関係の。国関係の秘密の部署に雇われている秘密工作印なんですよ、いわば」
僕は何も言わずに頷く。昔は無能なだけで壊れては居なかったのになあ、とぼんやり考えた。
「駅前第2ビルのチケットショップの横あるでしょう?何って、閉まったシャッターが。そうそう、JTBの前の。そこが秘密の支部なんですよ。自治省の。違うか、内務省の。何か、公安関係の部署ですよ。そこで雇われたんです。
重要な秘密任務なんで、秘密なんですよ。ただの民間人のふりしなきゃいけない訳です。
あなたの会社に居たときもね、その任務が気になって、仕事に身が入らないこともヤブサカでなくて、それで結果として僕自身無能社員というような立場に居た訳ですよ。
でもね、僕はもう嫌だ。今こそ真実を世間に知らしめようと思った訳です。僕が無能だと思う人ばかりでね、もう、そんな人ばっかりで、僕はもう、不公平でしょう?」
何だか解らなかったが語尾が質問になっていたので、狼狽えつつも答を返そうと僕は口をぱくぱくさせた。
彼は構わず先に進む。
「もうね、ぶちまけます。僕の毎日の戦いの日々を、手記にして発表する訳です」
「しゅきにすれば?」
思わず言ってしまった。
先日、久しぶりに元同僚から電話があった。
とにかく使えない奴で、彼が辞めた時は正直ほっとしたものだった。
特に個人的に親しくしていた訳でもないので、「明日会いたい」と言われた時には、悪い考えが頭をよぎった。
新しい会社の営業で、何か売りつけるつもりじゃああるまいか、とか、まあ、そういう類のことだ。
しかし、結局僕は彼に会いに行った。
何故かって?
彼にどんな企みがあるにせよ、僕はそれに引っかからない自信があったからだ。
自分の能力を信頼してたわけじゃない。
彼の無能に確信を持っていただけだ。
会社の近くのファーストフード店で待ち合わせた。
やがて現れた彼は、ワイシャツにカーデガンという、昼休みの市役所職員のような出で立ちだった。
油染みた感じの髪がやや乱れ、シャツにも良く見ると染みはあるし皺くちゃで、まともな生活を送っているように見えない。
落ち着きなく視線を周囲に走らせながら店内に僕の姿を探している。
そのままずっと挙動不審な彼を観察していたい気もしたが、結局僕は声をかけた。
「やあ、杓子さん、おはようございます」
テーブル席である。当然正面に座るであろうと思っていたが、彼は僕の横にどすん、と腰掛けた。
途端にむわっ、と饐えた汗の匂いが押し寄せた。
今日も人身事故で電車が遅れた。
おそらく飛び込み自殺で、おそらく首尾よく為遂げられた方が居たのだろうが、ただ迷惑としか感じなかった。
週一程のペースであるそれに、一々痛みなど感じない。
もちろん構内アナウンスも誰々さんが見事な最期を遂げられましたなどと言わない。
これを都会の冷酷さやあるいは末法の世の不人情と捉えてはいけない。
過去において、あるいは現在でも国、地域によって人々は遥かに冷淡に他人の死を扱う。
路上の其処此処に行き倒れの屍が朽ちる巷では、誰も一々心を痛めては居られぬであろう。
他人や動物の生命を大切にするのは、治安の良い社会の特徴なのである。
それは、安穏な暮らしが心の余裕を生むというのではない。
平和ならざる光景を忌み嫌い、他人の命を尊重する市民教育が治安の良い社会を生み出すのである。
江戸幕府は治安を何より大切にする警察政権だったので、江戸市中では大八車を乱暴に引くことすら重罪とされた。
産業インフラの効率を犠牲にしてまで、穏やかな社会を優先したのである。
今、他人の自殺がありふれた迷惑行為と感じられる社会が目の前にある。
それは我々が何かを他人の死よりも優先した結果である。
もちろん私自身容認する。
通勤時間が今の何倍もかかることよりも、週に一度ほどの赤の他人の死を。
いたいけな子供、などと言う表現があるが、あの「いたいけ」の語源をご存知だろうか。
体に生えている毛は、必ずしも黒々と太いものを抜くのが痛いわけではなく、むしろか細くはかなげな毛のほうが抜くに痛かったりする。
そのことから、はかなげな、線が細く無垢な様子を、抜いたら痛い細い毛に例えて「痛い毛」と言うようになったのだが、言うまでもなくこれは口から出任せである。
しかし、体毛には確かに痛い毛とそう痛くない毛がある。
頬の髭は痛くないが、口の周りの髭は痛い。
口角の脇の毛など、抜いた後の皮膚がしばらくジーンと痺れたようになるほど痛い。
鼻毛も、奥の方はくしゃみこそ出るがそう痛くないのに、入り口付近の間仕切りから生えている短い巻き毛は非常に痛い。
この、痛い毛というのは、元来単なる体毛ではなく、犬や猫の口周りや目の上から生えるヒゲのような、感覚器官の一種が退化したものなのだ。
というのはもちろん出鱈目で、単に口の周りなど感覚神経の多い皮膚から生える毛を抜くと痛いと言うことだろう。
ちなみに、腋の毛を抜くのも非常に痛い。
腋の下には感覚神経が密集しているのだろう。
なぜだろう。腋を敏感にすることで、どう生存に有利だったのだろう。
僕の場合、腋の下の敏感さは、小さ目のシャツを着たときに違和感を感じる役にしか立っていません。
子供の頃から、「かわいい」より「美人」といわれた。
高校までは、「大人びてる」というのが誉め言葉だと思っていた。
大学に入って、クラスのコンパで指導教官に間違えられて、自分が老け顔なのだと気付いた。
それでも、「美人だ」とは言われ続けていたし、知的で落ち着いた外見は、人の信用を勝ち取る武器だった。
お陰で一流企業に就職でき、仕事の出来る美人OLと、社内でも一目置かれる存在だ。
誉められるほどにはなぜかもてないが、それは美しさとにじみ出る知性がかもし出す、近寄りがたい雰囲気のせいだと思っていた。
エドはるみが出てくるまでは。
ある日、会社の若い子が
「○○さんて、似てますよね、最近出てきた芸人の…何てったっけ」
と言い出だしたのがはじまり。
今は、親戚の子にもててます。
「おばさん、『グー、ググー』ってやって」
僕が怪獣だったら、まず、朝8時ごろの通勤電車の一台を軽く押さえて止めるね。
10分もしたら放してやる。
それでダイヤは乱れて、その電車はすし詰め状態になるわけよ。
で、主要駅に停まる寸前の、パンパンに詰まった奴を摘み上げて、軽くボイルしてアルミの殻ごとかぶりつく。
イカ飯の要領ね。
珍味よ。
あとね、家族と行くなら連休始まりの高速インターチェンジ。
びっしり並んだ車を片っ端から摘み取る。
味噌汁の具なんかにいいよ。
連休終わりはだめ。
取れるには取れるけど、どれも元気がなくって味が落ちる。
なんにしろ、大漁確実なのは日本よ、うじゃうじゃひしめいてるから。
隣のでかい国、中国もいっぱい取れるって?
…ここだけの話、あそこはやめときな、汚染物質が怖いらしいぜ。
○生前、故人とさして付き合いが無かったのも関わらず、葬礼で「なんで神様って奴は、いい人から順にもってっちゃうのかねぇ」とか言う人に
毒舌家
「自分が人情に厚い人柄だとアピールしたい偽善者に、ありがちな悔やみの文句を披露する機会を与えてやるためじゃない?」
科学者
「好きだった人が亡くなる経験は大きな喪失感を伴い、印象に強く残るからそう思えるんじゃないかな」
新入社員
「○○さんって、いい人だったんですか?」
○実質降格人事で取引先に出向になる社員に、「まったく、上は何を考えてこんな優秀な人間を外に出しちゃうのかねぇ。これじゃ本社が手薄になるばかりだよ」と言う部長に
毒舌家
「外に出すメリットと本社に置いとくデメリットを考慮した結果でしょうね」
科学者
(分かっていて言っているのが分かっているので、何も言わない)
新入社員
「○○さんって、優秀だったんですか?」
「地球のてっぺんって、何処だか知ってる?」
「エベレスト?ちがうちがう」
「それは地球の中心からどれだけ離れてるかだろ?」
「宇宙には、上下なんて無いんだぜ」
「上下ってのは、君が決めるもんなんだ」
「今君が立ってる、頭の方が上、足の方が下」
「そうしたらさ、考えてみなよ、地球は丸いんだぜ」
「どこだって、君が立ってる、そこが地球のてっぺんってことさ」
ま、日本に住んでりゃ自分基準ででも、大抵どっかの山に負けてるんだけどね。
竜崎遼児先生である。
このシリーズの主眼の一人である。
この人は、一見典型的な劇画タッチで、今の若者には取っ付きにくいかもしれないが、抜群に身体表現がうまい。
特に、黒人スポーツ選手のようなばねのある動きがうまい。
当時、アメリカではトーマス・ヒットマン・ハーンズ、シュガー・レイ・レナード、マーベラス・マービン・ハグラーのザ・ミドル3羽烏が一世を風靡していた。
彼ら中量級ボクサーの、破壊力とスピードを兼ね備えた動きは、日本のボクシングファンをも魅了していた。
竜崎氏は、そうしたスマートなボクサーの動きを見事に絵にして見せたのだ。
体重移動がはっきりわかるフットワーク表現、スナッピーなフリッカージャブ、柔らかく懐の深いボクサーの上体、絞り込まれつつもゴムのように弾力的な筋肉。
黒人中量級選手独特の軽快な柔らかいボディワークを、まるで彼らの試合を見るように楽しめるマンガを描けたのは、私の知る限り、この人と、あともう一人だけです。
正直へこんでる
日の本一のポジティブシンキング男と自他共に認める俺にして
今日はへこむ一日だった
というか、さっきそうなった
ダチだと思ってる奴に裏切られるって、何時だって最高に最低だ
一番年嵩だし、ちょっとキツく当たっても、汚れ役だと解ってくれてると思ってた
キンカン頭とか、本気で怒るコトか?と、今でも思う(笑)
「見せたいものがあるから」ってのも、釣りだったんだョナ
あいつらまで巻き込んで俺を嵌めて、満足か?
俺のこと負かしたつもりだろうけど、一番欲しがってるモノはやらん
今部屋に火つけたワ
髪の毛一本残さん
蘭ちゃんも死んだみたいだ
もうお別れだね
まあ、いい人生だったよ
夢もほぼ実現したし
俺的には鉄甲船が一番のヒットかな
結局あのサルが跡を継ぐんだろうな…ソコマジ心配
アチチ…マジで火ィ回って北
村上もとか先生である。
分類するなら「筋肉質主人公」であろうか。
ゴツゴツと当たると痛そうなパンチを描くことには成功しているのであるが、彼の描く直線的で軸のぶれない動きはボクシングと言うより武道のそれであった。
村上氏には「六三四の剣」という名作がある。
幼くして父を亡くした主人公が父の夢を継ぎ、因縁の宿敵との決戦を目指して腕を磨くという、「がんばれ元気」とよく似たプロットの剣道漫画なのだが、主人公夏木六三四の暮らす岩手の自然を背景として美しく描きこんだこの作品は、「がんばれ元気」の対極とさえいえるほどの明るいトーンを持っている。
村上もとかの描く、胸を張り正面から相手の目を見据えて闘う、心に曇りのない戦士像は、剣道と言う題材にぴったりであった。
思えば、軽快でしなやかなボクサーの動きを見事に表現したちばてつや氏が「おれは鉄兵」などで描いた剣道シーンが、躍動感はあってもやや気品に欠けるチャンバラめいたものになっていたことと対照的である。
陽気なカモメ 六田登、タフネス大地 大和田夏希。
六田登先生は人の動きを描くに才のある人ではないが、主人公のパンチの超絶スピードと、どんな体勢からでも腕だけで必殺の一撃を繰り出せるライバルの、ズシリと重そうなパンチの描き分けが成功していた。
速い打撃の描き方は、複数の腕を効果線で描く"元気方式"であった。
主人公の「両手で相手の頭を挟むように打つ」という必殺パンチが反則に当たると言うので、後から「ほとんど同時に見えるほど素早く両手で打っている」と解説させたりしたことで、シリアスなボクシング漫画としては評価されないことが多い。
大和田夏希先生の作品は、その筋肉質な肉体表現に特徴があった。
日本のボクシング漫画は、実際の日本人の主戦場となる階級が軽量級であることから、痩せ型の主人公が多く、頑健な肉体でインファイトを挑むファイタータイプが少ない。
この作品は今を時めく「はじめの一歩」先んじて、筋肉質のファイターを主人公に置いたことを評価されるべきであろう。
「このAIは迷信を信じるんだよ」
情報工学の坂田が言った。
「迷信?」
「タガルには甘いメッカミが効くとか、ロドムに襲われて偶然死ななかったマグヨーは神の子だとかね」
「変な固有名詞がいっぱい出てきたが、それは仮想世界の疫病や食物や肉食獣や人名なんだろうな。
で、なんだって迷信を信じる機能なんてつけたんだ」
「そうしないと、文明が生き残れないからだよ」
坂田は嬉しそうに言う。
「僕が進化論的文明の発達をシミュレートしようとしてるのは知ってるだろう?」
「ああ」
「それがさ、論理的思考を生得的に埋め込んだ個体群は、すぐに死滅してしまうんだよ」
「なぜだい?」
「疫病にしろ、天候の変化にしろ、知的生命体に立ちはだかる困難というのは、その原因を解明するよりも前に、まずとり得る対策をとらねば即集団の存亡に関わるようなものが多いんだ。
そんな時は、たまたま病気にかかる前にある草を口にしていた者が助かったなら、例え合理的な根拠は薄弱であっても、それが効くと信じて情報を共有する事が集団の生き延びる術だったんだよ。
勿論、経験の積み重ねと言う篩にかけられる前には、『赤い服を着ていれば助かる』だの『神の水を飲めば助かる』だのと言った純然たる迷信もはびこるんだけどね」
「それは面白いなぁ」
僕にも漸く事態の面白さが分かってきた。
「カントは理性的認識の枠組みがアプリオリに人間に与えられていることを証そうとしたが、真にアプリオリだったのは妄信の方だったと言う事か」
「そして、文明の黎明期に真に役立ったのは、そっちだったと言う事だ」
先日、桑田真澄投手が引退を表明した。
巨人に戦力外通告されメジャー挑戦するも、怪我に泣かされ、それでも足首の手術をして再起を図っていたのに、ついに力尽きたのだ。
阪神ファンだった僕にとって、全盛期の桑田は単に嫌いな選手だった。
うまいこと巨人に入ったし、目が陰険だし、ほくろが多いし。
が、一昨年だろうか、彼が引退か移籍かと噂されていた頃、ブログを見て一気にファンになった。
抑制の効いた丁寧な文章で、彼の思いが綴られていた。
「野球を愛している。もっと続けたい」
投手生活の後半、武道家甲野氏に師事して古武術を学び、投球術に応用するなど「大丈夫かこの人は」と思わせる一面もあったが、それも彼の野球への愛故だったのだ。
子供の頃から野球選手に憧れ、目指し、少なくとも中学以降は生活の全てをほぼそれだけに費やし、尚、一日でも長く選手でいられるようにと、彼は心を砕いていたのだ。
40代と言えば、普通の仕事なら中堅どころ、管理職にはなってもまだ現場を離れていない年頃だ。
むしろ、やっと自分の好きに仕事が出来るようになる頃と言っていいと思う。
僕は今の仕事に成り行きで就いたが、それでも面白いと思っている仕事を「そろそろ引退したら」と言われたらショックだ。
人が聞いたら笑うような大それた夢を真剣に抱いて、他人の出来ない努力をして、やっと手に入れた仕事から20年もしたら引退しなければならないなんて、スポーツ選手(ゴルフを除く)というのは、なんと過酷な人生だろう。
彼の引退の記事がニュースサイトに載った27日、同じページにはダルビッシュの、"息子に捧げる18イニング無失点"の記事が踊っていた。
>本当に世の中には、永遠なものはないよね。
引退の日の、桑田投手のブログの言葉である。
小山ゆう先生作。
これもボクシングマンガの歴史を作った名作であった。
絵柄的に画期的であったのは、何と言ってもパンチを効果線のみで描いた事である。
漫画家としては、パンチを打った瞬間の筋肉の様子や肩の入り方、肘の返り方など描きたいディテールが多かったであろうに、中軽量級ボクサーの引きの早いパンチを表現すべく、あえて肩から先をぶらす描き方を選択したのだ。
構えはオーソドックスだが小山氏の描くボクサーはちば氏に比べて上体が硬く、やや猫背で懐の深いボクサーらしい佇まいに乏しい。
そのかわり直線的なスピード感の表現は抜群で、試合のシーンは常に息の抜けない緊張感が漂う。
ボクシングをスポーツとも、梶原一騎的な「男のケンカ」とも違う「壊し合い」として描き、殴り合うシーンの痛さ、残酷さでは未だにこれを超える作品を見ない。
最終巻、元気と関との死闘の終盤、互いの脳を揺らしつつ足を止めて打ち合う2人の姿には、思わず「どっちが勝ってもいいから、もう終わってくれ」と叫びたくなるような残酷な迫力があった。
一撃を受けると顔が歪み、頭がぶれるその表現は、実際のボクシングではミドル級あたりの試合を思わせるものである。
人体の構造を上手く表現できるという意味の、いわゆる「絵の上手さ」とは別の、マンガの表現力というものを見せてくれる作品であった。