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彼女は、事のなりゆきを面白半分にみていたその日のSの連れの美人に、カウンターにおいてあったグラスの中身をぶちまけた。負けの印を狂った女は自分でつけてしまった。美人は怒りもせず、濡れた服をふいていた。染みおちるかしらって笑いながら。狂った女は今度は彼と別れてくれと頼んだ。そして彼には、他の女と会うなら必ず私は現れる。他の女と別れさせてやる。と言った。彼は店の迷惑になるからと彼女を嗜めると、それが嫌なら私だけを見てと言った。狂ってる。それ以来暫らく彼は姿をあらわしたがそのたびに狂った女が現れていた。
狂った女がいた。
彼女はSと言う男を愛していた。Sはかなり女癖が悪く、見るたびに女が違う。それだけならよくある話だが、彼のすごい所は本当にくる者拒まず去る者追わずだった。どんなにすごい美人であろうが、不細工であろうが…だ。彼はすべての女を愛していて、特別な愛をもたなかった。狂った女は、私だけを愛して欲しいと言葉にだして彼に懇願した。彼は笑いながら、愛してるよと言った。そうじゃなくて…と彼女は声をあげて泣きだした。彼は、半ば呆れながら、君も愛してるんだ。と言った。何故それがいけないのか?と言わんばかりに。
客人−2。素敵な人達について。壁絵っていうのか、本職画家さんで、お店の壁画を中心に、イラスト等多彩な活躍をされている方がいた。外見はとてもマッチョで格闘好きな彼が…と思う位繊細で、優しい絵をかく。私は彼の絵が好きだった。特に花の絵が好きだった。見た目と作品のギャップが好もしい彼だが、「お酒にいれる、真ん丸に削った氷を口にすっぽりいれられたら、吊り天井させたげるよ」と言うと、だらだらと雫か涎を垂れ流し唇周辺が変色する迄頑張るお馬鹿さんだった。私の胴程ある腕で細い筆を握り、彼は今も優しい絵を描き続けてるのかな。
興味深かった客人達について。いつも、ウンチクをひけらかす、見た目“だけ”格好良い男。ソムリエがそんなに市民権をえていない時。いつも女を変えて必ずワインは、ボトルでオーダー。気持ち悪い程にサマになってたテイスティング。そこでうんちく。このワインはこの大きさのグラスでなければ…云々…少しじゃじゃ馬っけがぬけないみたいなワインだね(ほほえむ)…云々…げーっと思ってると、連れの女は、うっとり顔。いつも似たような手口で、ハイ。ご馳走様。なんざんしょね。すごく格好悪い方の気障な奴だった。見てる分には面白かったけどね。
水曜日によく会う女の子がいた。いつも、ローラースケートを履いている黒人の女の子。ホットパンツからスラッと伸びた足が美しい子。器用にローラースケートを履いたまま、カウンターまできて、ズブロッカーをぐいっと飲む。可愛い外見とは裏腹に男らしく。一歩間違えれば迷惑はなはだしいのに、あまりに自然にこなしてたからか、とても素敵な彼女だった。
仕事帰りに立ち寄っていたので、時間帯は一定してなかった。そのおかげで色んな客をみる事ができた。好きなのは開店間もない頃。いちびった奴もこず、ゆっくりできる時間。どの店でもそうだけど早い時間に行くとその店がよくわかる。一番嫌いなのは、週末。ほとんど行かなかった。店の雰囲気がガラッとかわる。この店は穴場的だったからそれ程でもないけど、でも、やっぱり。
年齢層は高め。お酒はきっちり作るし椅子にしても空間の取り方にしても、店員の態度も細部に迄気を配っているのに、おしつけがましくなかったがましくなかったからだろう。
マスターの趣味なのかジャンルは問わなかった。初めて立ち寄った時には、ホリーコールがかかっていた。有名すぎる位有名な、かの曲だ。マスターの気分次第なんだろうか。マハリア・ジャクソンの野太い声が流れたかと思いきや、エディットピアフだったり。いつ行っても、サラ・ウ゛ォーンなんて時もあった。基本的には、ロバートジョンソンや、B.B.KINGが好きだったみたい。開店直後に行った時に、パガニーニのウ゛ァイオリン協奏曲がかかっていたのにはびっくりした。客はまだこないとタカをくくってたマスターは慌てていた。音楽も私好みだった。
重い扉をあける。ゆるやかにカーブしたカウンターが目にはいる。そんなに長くはない。カウンターの後には、意味もなく大きなテーブル。立って飲んでる人をみかけた事がない、ただそこにあるだけの大きなテーブル。そして奥にボックス席が四つ。すべて、タイプが異なる。共通してるのは、座り心地の良さそうな椅子。中でもオフホワイトのソファーと、木の椅子にひかれた。結局最後まで座る事は無かった。後で聞いた事だが、木の椅子の方はイームズのビンテージらしいが当時興味も無かったので今となっては確かめようもない。座っときゃ良かった。