さらばペーパームーン外伝

それではと目の前のイワシらしき皿を取って食べてみた。なるほど悪い味では無い。 そして、いつものように次々と皿を取り食べてみた。ネタはあのペーパームーンより小さいが、おいしさのレベルは高い。

ネタの切り方もペーパームーンのそれに酷似している。この店の唱い文句である安い皿設定も魅力であるが、味もなかなかのものであった。

合格ラインである。

ペーパームーンを失って2週間ばかり経過し、途方に暮れていた私に、ここは回転寿司の勇気を大いに与えてくれた。
しかし渋谷では通うのには遠過ぎる。家から電車で1時間はかかってしまうので、そうちょくちょく来れるものではない。
私はその悲しみをよそに食べあさり続けた。そして、目の前に皿を何枚も積み上げお茶を少し飲み、楽しい昼食のひとときも終わりに近づいてきたときにその声は聞こえてきた。

「アジ行きマァ〜す。」握り主三人の中のひとりが発した。

ペーパームーンではよく聞いたフレーズであったが、店が無くなったあとは、どこの店でもまだ聞いたことがなかった。

私は寿司については幸せだった過去を思いだし、ちょうど不透明なネタ入れ棚の戸に隠れて顔が見えないその「ペーパームーン発声方式」の伝承者の容姿を確認してみたくなった。
なかなか顔は見えないのだが、手はよく見える。それはどこかで見たことのある手さばき。

もしや?!と思い、弟子にも早急に顔を確認するように命じた。私の目はその特徴のある手さばきをする握り主の顔に集中した。

弟子もそれに気付き興奮してきた。しばらくして、とうとう握り主は不透明なネタ入れ棚の戸を開け、私の潤みはじめていた両目に気付いた。

運命の再会であった。
(終わり)

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