さらばペーパームーン
「げそとしゃこ!!」
という大声が店内に響きわたる。
うむ、この店のネタの組み合わせの中では、一番ゴロがいいぞ。
すぐにネーミングで注文したことが友人に悟られ、にらみつけられる(これがのちに語り継がれるようになる「げそしゃこ事件」である)。
しかし、ここの寿司は、そんなにおいしいとは思わなかった。
すでに何ヵ月も通っていたほかの寿司屋さんのほうが、はるかにおいしいのだ。わたしはこの店に失望し、すでに別れを決心していた。
全員の意見も一致し、早々と店を後にしたのである。
しかし、そんなにおいしくない寿司を食べさせられたはずなのに、わたしは今、ペーパームーンの扉の前に立っている。
やはり「生まれ変わった」というのは、どの程度のことなのか興味があったからなのである。
店に入ると、店員全員に挨拶をされ席についた。
結構お客さんがいるので、生まれ変わったという文句は効果的だったのかも知れない。
しかし前に来たときと、店の装備はなにも変わっていない。テーブルや湯のみまで変わったところは無かったのである。
ところが、寿司を食べる前にとても大きな変化があることを発見したのだ。それは、握っている人が前回の時と違っていたのだ。
生まれ変わる前のここでは、どこにでもいるごく普通のオヤジが一人でいやそうに握っていたのだが、今は違った。
我々の目の前で、30代なかばにさしかかった感じの、愛想の良いお兄さん風の人が一つ一つ楽しそうに握っているのだ。
前の握り主はあまりにもパッとしないので解雇されたのではないかと思えるほど、新しい握り主の目は優しさを感じさせてくれた。
次へ
ひとつ戻る
← TOP →